大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)397号 判決

上告人

廣澤一雄

右訴訟代理人弁護士

松澤陽明

角山正

鈴木宏一

村上敏郎

被上告人

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

真藤恒

右当事者間の仙台高等裁判所昭和五七年(ネ)第一七九号雇用関係存在確認請求事件について、同裁判所が昭和六一年一二月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松澤陽明、同角山正、同鈴木宏一、同村上敏郎の上告理由について

本件懲戒免職処分を有効であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。また、本件記録に現われた本件訴訟の経過によれば、原審の訴訟手続に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判長裁判官藤島昭は、海外出張中につき署名押印することができない。裁判官 牧圭次)

上告理由

第一点 原判決は懲戒規定の適用を誤り、秩序罰たる懲戒を、企業秩序と無関係の企業外非行に適用したものであって、これは、判決に影響を及ぼすことが明らかな、法令違背である。

(一) 原判決は、日本電信電話公社法三三条一項一号、就業規則五九条七号、同条二〇号を、本件企業外非行に適用するに当たり、次のように判示する。

「使用者の職員に対する懲戒処分は、広く企業秩序を維持・確保し、企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であり、職員は労働契約関係に伴なう信義則上の義務として、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担しているものというべきである。従って、職場外で職務遂行に関係なく行なわれた行為であっても、企業の社会的評価を低下毀損せしめ、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあると客観的に認められるものについては、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許されるものといわなければならない。」

「控訴人の本件非行は、現行法秩序のもとでは到底許されない違法な行為であって、極めて反社会性が高いものであるうえ、控訴人が、昭和五一年七月一五日、東京地方裁判所において、本件非行につき凶器準備集合罪及び公務執行妨害罪の有罪判決の言い渡しを受けたことにより、公社職員である控訴人の本件非行が公知のものとなり、このことによって公社職員としての品位を傷つけ、信用を失わしめ、公社に対する国民の信頼ないし信用が毀損されたと解せられるのみならず、公社が本件非行をそのまま放置するときは、公社自体の社会的評価を一層低下毀損せしめ、同種の非行を防止するために公社として保持すべき企業秩序に悪影響を及ぼすおそれがあるということができる。」

(二) しかし、懲戒とは、原判決も述べるとおり、「企業秩序維持」のための「秩序罰」「制裁罰」である。従って企業外非行により仮りに企業の社会的信用を害したとしても、それは「企業秩序」を直ちに害するものではなく、企業に対し損害を与えたにすぎないから、損害賠償の対象となることはあっても、懲戒問題は直ちに発生するものではない。例え、労働契約に付随した誠実義務を肯定したとしても、義務違反に伴う普通解雇事由が成立しえるだけで、懲戒という秩序罰の問題は発生しないのである。

職場内で秩序をみだしたならば、懲戒という支配・被支配の関係に基く秩序罪を受けてもやむを得ないところであるが、労働を離れた場所で企業の信用を傷つけたことに対して、何故秩序罰を受けなければならないのだろうか。

従業員でない第三者が企業の信用を傷つけた場合は、民事上損害賠償が問題とされるのみなのである。

この場合、従業員であることが、損害賠償を超えて秩序罰に至ることを承認しうるには、次の二つの方法しかない。

第一は、近代的労使関係を捨て、封建的それに置きかえる方法である。

第二は、企業の信用毀損という事実を、一旦職場内に還流させる方法である。すなわち、企業の信用を毀損したことが職場秩序をみだす結果をもたらすのであれば秩序罰たる懲戒は承認しうることになる。労働者が破廉恥罪を犯した結果、職場内に異様な雰囲気が充満し、士気の低下、労働意欲の減退をもたらすような場合がそれであり、職場における上長等がそのような犯罪を犯した場合には、かかる職場秩序の乱れが生じやすいであろう。

まさしくかかる場合でない限り、労働者の私生活における行為は、懲戒の対象足り得ないのである。原判決の如く、企業の信用性の毀損をもってストレートに懲戒に導くことは論理の飛躍もはなはだしいものがあると論難されねばならない。

(三) もっとも原判決は、前述のとおり、信用の毀損に加えて、

「公社が本件非行をそのまま放置するときは、公社自体の社会的評価を一層低下毀損せしめ、同種の非行を防止するために公社として保持すべき企業秩序に悪影響を及ぼすおそれがあるということができる。」

と述べている。だが、「同種の非行を防止するために公社として保持すべき企業秩序」とは一体、何であろうか? 労働者に対し、労働契約に伴う信義則上の義務として企業の信用を保持する義務を肯定した場合にあって、労働者が企業の信用を毀損したと仮定した場合、そのような労働者に対し、何らかの責を負わせることは、企業秩序維持のために不可決である。放置することは企業秩序が乱れる原因になろう。「同種の非行を……保持すべき企業秩序」とは、こうしたことを意味するものと解せざるを得ないが、ここでも、そうした秩序を維持するために「秩序罰」が必然となるという根拠は出てこない。債務不履行の責任をとらせ、普通解雇等に処せば済むことであって、懲戒を肯定する論拠とはなりえないのである。

(四) 又、原判決は、先に引用したとおり、有罪判決の言い渡しによって非行が公知のものとなったことによって、公社の信用が毀損されたと「解せられる」と判示しており「信用の毀損」自体も「事実」の次元の問題ではなく、「論理的認識」の次元の問題であることを明確に認定している。

すなわち、事実として上告人の非行により、公社の信用が毀損されたことはなかったのであり、このことは、原判決も認めた事実なのであるから、信用毀損が事実の次元において存在しないにもかかわらず、懲戒規定を適用したのは、明らかな法令違背と言わなければならない。

第二点 原判決の採証法則違背、理由不備の違法

(一) 原判決は控訴人が、昭和五一年七月一五日、東京地方裁判所において、凶器準備集合罪及び公務執行妨害罪の有罪判決の言い渡しを受けたことにより、公社職員である控訴人の本件非行が公知のものとなり、このことによって公社職員としての品位を傷つけ、信用を失わしめ、公社に対する国民の信頼ないし、信用が毀損されたと解せられる、という。

なお、この点について一審判決は次のように言っている。

「本件非行は国民の信頼ないし信用に著しく反し、公社職員としての品位を傷つけ、信用を失なわしめた。」

(二) 仮に原判決が事実の次元で信用毀損があったとするのであれば、その認定の構造は、一審判決が非行があれば、直ちに国民の信頼ないし信用毀損であるとするのに対し、「地方裁判所において、本件非行につき……有罪判決の言い渡しを受けたことにより、公社職員である控訴人の本件非行が公知のものとなり、このことによって」という中間項を設けているのである。

これは一審判決に対する上告人の批判、すなわち、報道すらされぬ事件が具体的にどのように信頼、信用の毀損になるのかという批判に対し、「判決の言い渡しにより非行が公知になる」という命題をたてて答えたものに他ならない。

そこでいう「公知」という概念がどのような意味で使われているかは必ずしも明らかではない。

訴訟法上の公知の事実とは、次のようなものである。

「世間一般の人が信じて疑わない程度に知れわたっている事実である。そのような公知性がその事実の存在の確からしさを保障してくれるから、わざわざ証拠による証明をする必要性がない。歴史上有名な事件、天災、大事故、恐慌等はその例である。」(新堂・民事訴訟法 三六六頁)

「通常の知識経験を有する不特定多数の一般人が信じて疑わない程度に知れわたっている事実をいう。勿論裁判官も知っているものでなければならないが、その認識が如何なる方法によって得られたかは問わないし、如何なる時期に知ったかも問題としない歴史上有名な事件、天災、大事故、悪疫の流行、恐慌等がこれに属する」(三ケ月・民事訴訟法 三九四頁)

日常用語例における公知とは、

「世間に広く知られていること」(岩波国語辞典)

である。

(三) 「一審判決により、非行が公知の事実となる」ということは、訴訟上の用語例においても、日常用語例においてもなりたたない命題といわなければならない。

従って、「このことによって」、「品位を傷つけ、信用を失わしめ」という認定は、全く採証法則に違背している。

原判決が本件懲戒を正当化しようとするのであれば、非行事実の存否とは区別された「非行事実の報道」、「非行事実が利用者、国民に広く知れたこと」を具体的に把握し、かつ、その事から、具体的に信用が毀損されるプロセスを明らかにすべきなのである。それをネグレクトするところ、「判決言い渡しにより……公知」となるというような、およそ経験則として成りたたない強引な命題の持ちこみが生ずるのである。

(四) 右の採証法則の違背、理由不備の違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

第三点 原判決の釈明権不行使、審理不尽の違法

(一) 原審において上告人は、次の三点について釈明を求めた。

〈1〉懲戒権行使における処分の量定の一般的基準

〈2〉本件処分当時(すなわち昭和五一年度)の東北電気通信局における、全処分案件の事案内容と処分内容(対象者の氏名は不要)

〈3〉昭和五六年、五七年にかけて発覚した東北電気通信局の不正経理事件に対する全処分案件に関し、その事案内容と処分内容(対象者の氏名は不要)

その理由は、本件処分に比して、同時期になされた管理職の企業外非行に対する処分、その後の不正経理事件に対する処分が著しく軽いこと、そうした差別的取り扱いの背景には、上告人の組合活動に対する報復、あるいは政治的活動に対する弾圧の意図のあることを上告人が主張立証したのに対し、被上告人は、事案が異なることは自明の理で他の事案と処分の量定が異なるからと言って差別的ではないと主張するのみでその余の具体的主張立証を行なわなかったからである。

しかし、処分が等しく「企業の社会的評価の低下毀損」を理由とする以上、何故管理職に対する処分量定が低いのかということは「事案の差」という一般論で説明できることではない。懲戒権がオールマイティでない以上、その処分内容の妥当性をなす具体的事実を懲戒者において主張立証すべき責任がある。すなわち、本件処分と対比さるべき全処分の内容と、そうした裁量の基礎をなし、懲戒権の運用基準を明確にすべきである、というところにあった。

しかるに原審において釈明はなされず、前記の点についての審理を尽すことなく原判決は漫然と、

「本件非行の性質、態様、情状や過去における控訴人の懲戒処分歴等を考慮すれば、本件懲戒免職処分が企業外非行一般に比し均衡を失したものであるとか、差別的であるということはできない。控訴人主張にかかる公社の不正経理事件における管理者に対する懲戒処分は、控訴人の本件非行とその性質、態様等が異るものであり、両者を比較して論ずること自体、失当というべきである」

と述べるだけである。

(三) しかし、権利濫用のような不確定概念を要件とする法規を適用する場合、その「不確定概念」自体は事実と呼称しえない観念で、そのまま主要事実でありうる筈はなく、その不確定概念に関係のありそうな、ある程度広範な事実関係が主要事実であると考える他にない。(新実務民事訴訟講座2、石川義夫「主要事実と間接事実」二五頁)すなわち、法の当てはめ(評価)を行うについて不可欠な同辺の事実関係は、経験則適用の前提ではなく、法的評価の前提であり、したがって法規範適用の間接事実ではありえず、主要事実として弁論主義の制限に服するというべきである。(石川前掲二六頁)

上告人は、管理職の企業外非行に対する処分、不正経理事件に対する処分との対比において上告人に対する処分の差別性を明らかにしてきた。したがって被上告人はその処分の差異を正当化する具体的事情を主張すべきであったのである。

石川判事は「負の主要事実」という概念で右の如き主張責任が存することを説明している。(石川前掲三〇頁)裁判所は釈明権行使により、真の争点、すなわち主要事実(負の主要事実を含む)に関する争点を明らかにすべき義務を有していた。(尚石川前掲三二頁)

にもかかわらず、これを怠った。

(四) 右の釈明権不行使、審理不尽の違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

以上

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